史上類を見ないほどの酷暑、と叫ばれていた夏からほんの少しだけ進んだ季節は、一昔前の残暑なんて言葉が似つかわしくないほど滝のような汗が首すじを滴り落ちていく。それでもあの盛夏を思えば、顔の真横を通り抜ける風に涼しさを覚えてしまうのだから不思議なものだった。
蘇枋が瞑想のため人よりも少しだけ早く起きる習慣は、社会人になったいまでも続いている。エアコンで冷やす皮膚の質感がいつになっても苦手で、早朝とはいえじんわりと湿る肌をベージュのフェイスタオルで拭う。ややあって、頭をよぎる雑念を払いのけると神経を一点に集中させた。────吸って、吐いて。己の呼吸だけに意識を尖らせる。家を出るまでにはまだ余裕がある。散りぢりになっていた思考がすうっとひと所にまとまっては消えていく。ここではないどこへ、邪な心をやってしまおうと深呼吸をする。何度振り払っても、何年経っても、霞んだように思えても、いつまで経っても脳裏を掠める彼を消し去るまで、時間が許す限り深い層へと潜り込んだ。
蘇枋たちが風鈴高校を卒業してから、三年以上の月日が流れていた。あの頃の級友たちとは多い時で月に一回、少ない時で半年に一回ほどクラスの面々で集まっている。進学したものは少なく、思い思いの就職先を選んだ彼らは忙しなくも充実した日々を送っているようだった。酒が合法的に解禁されてからというもの、毎回のように会場は居酒屋が指定された。人前では嗜む程度にしか酒を飲まない蘇枋だが、会への参加率は自体はクラスメイトが意外に思うほどよく、欠席した時などないくらいだった。
それぞれの仕事が終わってから間に合う集合時間は十九時過ぎが常なのに、それでもむっとまとわりつく風が熱帯夜らしかった。
終電ももうすぐで、お開きになりそうな空気になったころ。蘇枋の向かいの席の桜が、眠りの海をさまよってまどろむような目つきのままゆっくりと口を開く。桜の枝豆をつまむ指がすべり、ぷつん、と音を立ててつやめく黄緑色の豆だけがテーブルに転げ落ちる。それでも桜は気にしたふうもなく、ごくごくと喉を鳴らして何杯目かもわからない生ビールを流し込んでいた。
「おい、すおう。いいかげんメシくらいちゃんと食えよ。……おれはおまえのこと、しんぱいしてんだぞ」
とろりと溶けてしまいそうなほど綻んだ琥珀の瞳が蘇枋を捉えたかと思えば、こんどは瞬く間に崩れ落ちる。ついていた肘さえも滑り、桜が机に突っ伏してしまう。「飲み過ぎだよ」とぎこちなさを残して笑う蘇枋が店員に水を人数分頼む。ぐうぐうと規則正しく大きい寝息が聞こえだすころに、ぎちぎちと氷がひしめきあう水が各テーブルに大量に運び込まれた。耳まで真っ赤に染まった桜のてっぺんの、二色が出会うところを見つめながら、蘇枋は最後の一滴まで自身のジョッキを傾けた。
あの日の帰り道の記憶は朧げで、蘇枋の中では夢ごこちであったことだけが胸に残っている。散々酔っ払っていた桜でさえも一人で帰路についていたというのに。
ただひとつ、はちみつのようにとろけた桜の瞳と言葉が心の内側でこだまして、帰りがけのコンビニエンスストアでおにぎりを買ったようだった。ようだった、というのも、明確な記憶があるわけではなくて、半ば放心状態のように帰宅した自身の手に握られていたのがおにぎりだったという覚えだけしかないからだった。
◇
東風商店街においても、日ごとに夜の割合が長くなり、気温は下がり続け、人々は外套を羽織りだす。木々は葉を散らして、寂しい姿へと変化した。つむじ風は、地面のわくら葉を巻き上げる。都心部の豪奢できらびやかなイルミネーションとは違う、商店街の人たちが丹精込めて飾り付けをしたツリーや光るトナカイがそこかしこにあった。
ウール地にステンカラーのグレーのコート、羊革でミッドブラウンの手袋、カシミヤのネイビーのマフラー。蘇枋の洗練された風貌に、すれ違う人々が息を漏らす。
木枯らしが吹き荒んだ方向をふり返る。防寒対策をしっかりとした蘇枋とは裏腹に、薄手のジャンパーを羽織っただけの桜が目に入る。他のやつらは都合が悪いらしい、と言われて誘われた師走のある日、蘇枋は珍しく桜とふたりで食事に行くことになった。
行きつけの居酒屋の暖簾をくぐれば、少し奥に入ったところのテーブル席に通された。壁にあったハンガーを手に取り、コートをかける。蘇枋は桜に向かって手を伸ばし、ジャンパーを受け取ると自身のコートの隣にかけた。
「オレは生、お前は」
「同じものをいただこうかな」
壁の木目が見えないほど貼り巡らされているメニューを一瞥しながら、蘇枋が言う。ニューヨーク巻きをしていたマフラーを取り、次に細身の手袋を裏返らないよう指から一本ずつ外して片隅に置いた。
お通しを片手に現れた店員に手早く注文を伝える桜の指をまじまじと見つめる。喧嘩ばかりしていたあの頃よりも、傷も痣も減って、健康的な指をしていた。
「んだよ……」
店員が足早に立ち去ると、ばつが悪そうに桜が肘をついて口を開いた。
「君に見惚れてたんだよ」
桜の右手が顎から離れ、がくりと拍子抜けしたように崩れる。
「はあ? お前って高校生の頃から全然調子変わんねぇのな。昔が大人び過ぎてただけかもしれねぇけど」
桜君はちょっぴり大人になったね、と蘇枋がにこやかに続ければ机の下で脛を思い切り蹴られた。
「ちょっといいスーツなんだけどなあ」
くつくつと喉を鳴らし、眉を下げて笑う蘇枋に「ざまあみろ」と桜はメニューの向こう側で笑ってみせる。すぐにやってきたビールを片手に蘇枋が乾杯、と言えば、桜は顎で相槌だけしてジョッキを掲げた。奥まった席とはいえ、空間が断絶されているわけではない。休日前の居酒屋はそこかしこでどやどやとした歓声が上がっている。お互いの声が聞き取れなくならないよう、いつもより少しだけ声を張って二人は他愛もない近況を話し始める。
喉が潤ったあたりで、名札に好きなおつまみも書かれている、おそらく大学生であろう若者が「お待たせしました!」と声高に皿をいくつか運んできた。桜がぱらぱらと見てるのか見てないのか微妙なスピードでめくっていたメニューから適当に頼んだつまみや焼き鳥がところせましとテーブルを埋めていく。いつものように桜だけでかきこんでいくつもりが、蘇枋が流れるような手つきで砂肝の串に食らいついている。ものを食べているということだけで驚くべきことなのに、優美さが板についているいつもの蘇枋と目の前に広がる光景は、格段のギャップを生み出し桜の手を止めた。
「………食えるようになってるじゃねーか」
蘇枋を見つめる桜の目は鷹揚に弧を描き、自分のことのように口角を上げて笑う。そんな桜の顔を見ているだけで、蘇枋の胸は脈打ちだして、ぼうっと頭の芯まで熱がこもる。身体の奥がきしむように締め付けられて痛んだ。
「他でもない、君との約束だもの」
優しすぎる顔をこれ以上見ていられない、と伏目がちに口の端だけで笑って見せる蘇枋。ジョッキや食器がそこかしこで重なり合う音がついさっきまで響き、人々の酔いをはらんだ声も上がっていたはずなのに、世界から雑音が消えてしまったようだった。
蘇枋の熱を含んだ姿を見つめているうちに、桜の心臓までもがばくばくと不整脈にでもなったように高鳴りだす。冷え切っているジョッキに触れているはずの指先は、血流が集中して熱く感じた。
桜の指に結露の雫が垂れる。高まる手の温度と真逆の冷たさに驚き、心が揺れるのを悟られたのかと思うほどのタイミングに跳ね上がる。それと同時に、足元までもぐらついて、蘇枋の艶めくダークブラウンの革靴に桜のスニーカーのつま先がそっと触れた。
突如として火がついたように熱情的に変化した桜の視線と交錯するが、その空気に耐えきれず蘇枋は足を離れさせようとたじろぐ。すかさず桜は蘇枋の腕を力を込めて掴んだ。
「酔ってるのかい、まだ……一杯目、だろ」
目を合わせたら流されてしまうと、蘇枋の視線が宙を泳いだ。肘をついて蘇枋の腕を掴んだ桜の腕が空いた皿に当たってかちゃりと音が鳴る。
「酔ってねぇ、こんなんで酔うかよ」
「嘘つきだな、君は」
困り果てたように自身の大腿部のあたりを見つめながら、蘇枋は何度も腕を離そうと力を入れる。アルコールが回っているのは自分のほうなのか、全く振り解けそうになかった。「お前ほどじゃねぇよ」と睨め付ける桜の視線を蘇枋はこめかみに痛いほど感じる。
「そんなに言うのなら、試してみてもいいかな」
「上等だ」
桜は息巻いて勢いよく宣言する。後に引けなくなった蘇枋は、桜の腕を自分の胸の中へ引き寄せた。桜の指先にそっと触れるように口付けると、表情を窺うように上目遣いで見つめる。反応がないので、ちゅ、ちゅっ、とゆっくり隣の指へ指へと移動するように唇を動かした。
「……どう、かな」
「〜〜〜〜ッ、………っ、………………ぷ、は……」
息を止めていたらしい桜の口から息が漏れる。ぶるぶると震えるのは肩だけかと思えば全身のようだった。他の客からは見えないこの位置は、二人を我に返らせることはない。
「真っ赤だ」
蘇枋がぽつりと呟く。咄嗟に捕まえていた桜の手を離した。
「お前、……鏡見てみろよ」
「え……っ、と」
ゆらりと蠢いた桜の空気の変化にたじろいで逃げようとしても遅く、桜はおもむろに立ち上がるとコートを二着ともハンガーから奪うように取っていた。それでも座ったままの蘇枋の腕をしびれを切らしてぐいと引っ張り上げ、据わった目のまま言葉を告げる。
「出るぞ」
「さ、くら、く……」
がやがやとしたテーブル席が密集しているホールの喧騒を通り抜け、苛立つように早急に会計を済ませた桜に手を引かれ夜道を足早に歩き出す。出入り口の赤ちょうちんが破れた間から見える豆電球が蘇枋の目をくらませた。つかつかと前をいく桜に掴まれたままの手が熱を帯びる。じっとりと滲み出す汗が真冬に似つかわしくない。街路樹を照らす電飾が、商店街のBGMに合っているようであっていない、不恰好な調子で点滅していた。
◇
エレベーターを待っている時間さえも惜しいと、桜は三階にある自室まで階段を駆け上がった。寒気が吹き付ける外階段を使うものは他にいないのか、手を繋いでいる姿を誰にも見られなかったのは幸いだと蘇枋は胸をなで下ろす。
風鈴高校を卒業し、就職を機にアパートから引っ越した桜のマンション。蘇枋がこの部屋に足を踏み入れたのは今日が初めてというわけではないものの、夜にも関わらず電気もつけない1DKの部屋は知らない空間のように感じた。
獣のような目つきをした桜に捉えられ、玄関に入るや否やフローリングに尻もちをつかされる。
「鍵くらい閉めたらどうだい、……っう」
かろうじて絞り出した声を、いとも簡単に桜の唇が塞いだ。
「いーだろ、そんなもん、なんか入ってきてもオレなら倒せる」
そういう問題じゃないだろ、と反論しようとする蘇枋の言葉を続けさせることもなく、下唇をねっとりと舐め上げる。驚いた拍子に開いた口の間から桜は分厚い舌をねじこんだ。
「噛むなよ」
小ぶりに整った蘇枋の歯の裏を舐め上げれば、「待って、いやだ、」とか細い声があがる。さもそんな声なんて聞こえなかったように桜は舌先を音を立ててじゅるりと吸った。
「ん、ッ……ぅ」
蘇枋のシャツのボタンをぷつりと外す。鎖骨のあたりから這うように肌着のなかへと桜の骨ばった手が忍び込む。胸のあたりを掠めれば、それだけの刺激で蘇枋の身体は否応なしに跳ねた。
「いや、だ、こんなところ、で」
「嫌なのは場所だけなんだな」
舌なめずりをしながら桜の目の奥がぎらりと光る。
「〜〜〜〜ッ、意地が悪いね、きみってやつは……っ!」
玄関から繋がる六畳の部屋のさらに奥に、寝室が見えた。真ん中にセミダブルのベッドがひとつ。真っ白なシーツは電気をつけなくてもぼうっと浮かび上がるようだった。蘇枋はくらくらとする頭で、かつて桜が住んでいた部屋の枕なしの布団を思い起こす。住んでいる人間が同じだとは到底思えない寝床だった。
ふと目を凝らせば、楡井が差し出した色どり豊かなカーテンが窓枠にかかっている。あのアパートの窓とはサイズが違うのにも関わらず吊り下げられていて、冷気が隙間から入ってきているようだった。
きゅうと震える胸に思いを寄せる暇も与えられず、ベッドへと投げるように放られた。
空調のついていない、気密性もさして高くない真冬の部屋は底冷えするはずだった。密着する肌はどちらの熱か判別できないほどにどちらも火照っている。じっとりと湿る汗で肌着が胸に張り付く。Yシャツの上からカリカリと擦るように、桜の整えられている指先で蘇枋の胸の突起は爪弾かれた。触れられるたびに反応する全身に、耳朶の先まで熱が集まっていくのがわかってしまう。
「ッ、ぁ……ン、……や、だ、へん、……っ」
誰にも触られたことのない、ましてや性感帯とすら思っていないそこを執拗に撫でられる。桜はシャツの中に手を入れると、肌着越しに疼き立つ実をぐり♡と摘んだ。突然の刺激に「ぁ゛……♡」と蘇枋の開いたままの口からちいさく声が漏れる。
桜は気をよくしたのか、捻り上げるように乳首をこねて弄ぶ。右手で紅く熟れた頂点を摩りつつ、首筋をべろりとざらついた舌で舐め上げた。
「ねぇ、……もう、いいから……ッ」
内腿を擦り合わせるような仕草をする蘇枋を目の端に映したまま、突起をいじる手を止めない。そんな桜にしびれを切らし、蘇枋は桜の背中を拳で叩いた。少し残念そうに唇を尖らせた桜は、蘇枋のシャツを剥ぎ取り、肌着を捲し上げる。
片手で蘇枋の胸筋をつまむように挟んで、胸のふくらみを唇で堪能する。薄桃色の乳輪を一周舐めたかと思えば、今度は左の乳輪にも同じようにべろりと舌を這わせた。
「ン、ッ……ぅ……♡ っふ、ぅっ」
いつまで経っても中心に刺激を与えられず、蘇枋は自分から胸を反らすように突き出した。
「いー眺め」と言い終わる前に、桜は差し出された果実をぱくりと口に含んだ。飴玉を唾液でくるむようにどろどろと口内で甘やかす。
「あ、っ゛……♡ ん、ッ〜〜♡♡」
ちゅうっと音を立てて先端に吸い付けば、蘇枋は背中を仰け反らしびくびくと腰が跳ねる。すでにぐしゃぐしゃになっている白いシーツを力いっぱい掴んで快楽に呑まれないよう下唇を噛んだ。
「おい、こら、噛むなって。ほら……ん、」
桜が大きく口を開き、蘇枋の唇をすべて覆い尽くす。下唇と歯の間を五秒数えるようにゆっくりと舌で撫でる。
「ン゛ッ……♡ っふ、ぁ♡」
「ん、もう噛んでないな」
蘇枋の形のいい後頭部をするりと撫でて、桜の唇は再び胸の頂へと戻る。前歯だけで器用に甘く噛みつくと、蘇枋は「あ゛、ッ!?♡♡」と一際大きく声をあげた。
「も、いいからぁ……ッ♡ いい加減にしてくれないか……っ」
脳内を蕩かす麻薬のように甘美な羞恥で潤んだ瞳が桜を睨みつける。離れる気のない桜の額を手のひらで押し付けてようやく離れさせることに成功した。
「お前のここ、ずっと舐めてみたかったんだよ」
「……はぁっ!?」
ぱこんと音が暗闇の部屋に響く。「ってぇな」と不服そうな声が桜の口から漏れるが、懲りずに「もっと舐めてぇんだけど」と続けたため今度は拳で殴られることになった。ぶるぶると震える蘇枋を意に介すそぶりもなく、桜は正面にあるベルトに手をかけた。
「あ、………っ♡」
「期待してんのかよ。エロ……ぬるついてる」
大きな手のひら全体を使って先走りで艶めいている蘇枋の上反りを握る。触られたそばから、ぷく♡と期待でさらなる粘液が亀頭の先に雫を作るさまに、桜は満足げに口角をあげてみせる。
ぬちゃぬちゃと水音を立てながら、桜はカウパーを指に絡ませてゆっくりと蕾に向かう。後孔に先走りを塗りたくり、もみしだくように入り口をほぐした後、まずは一本中へと侵入させた。
「あ゛………ッ゛……、ぐ」
人の指が、ましてや桜の指が自分のうしろに入ってきていることが信じられない蘇枋は、異物感に眉根を寄せて身をよじる。のしかかる桜の背中に爪を立ててしまう。
「気持ち悪いか、……背中、もっと力いれていいから」
労わるようなその言葉に、こんな時でも桜は優しいのだと蘇枋の胸のうちがむずがゆく震える。
「〜〜〜〜ッ゛!?????♡♡ あ゛、っっ……〜〜〜〜〜ッ、ン……!!!!♡♡」
────そのとき、蘇枋の腹側にあったしこりに桜の指が掠める。下腹部から脳天まで貫かれるような電流が駆け抜け、蘇枋の腰が跳ねることを余儀なくされた。
「ん、ここか」
「やだ、まって、おがし……そご、おがしい゛……ッ゛〜〜〜〜ぅ、あ゛♡♡♡」
覚えたての前立腺を、桜はぐりぐり♡と執拗にそこばかり擦り上げた。いつの間にか増えた二本の指でぐじゅ♡と肉壁を捻られれば、蘇枋は快感で頭がパンクしそうになっていく。
「ね゛、やだ、そんなの……オレのナカな、んて……っ、入らな……あ゛……ッ♡」
視界に飛び込んできたパンパンに張り詰めた桜の下肢に、蘇枋の身体は反射的に後ずさる。顔はひきつって、口の端がぴくぴくと揺れていた。
「は……っ、試してみなきゃわかんねーだろ? んなもん。そもそも、試してみようっていったの、お前だろ?」
興奮でどろどろに溶けた瞳孔で覗き込まれれば、蘇枋はひとたまりもない。きゅうっと奥が収縮する。
「オレ、は……そ、んなつもりじゃ……ッ♡ あ゛……ッッ♡」
「へえ、ここでやめられんのかよ、お前は」
ナカでばらばらに蠢く指は止まらず、蘇枋の下肢が断続的に痙攣する。
「〜〜〜〜〜〜ッ゛♡♡ どこ、で……そんなに意地が悪くなったんだい……ッ」
「誰だろうなあ、高校ん時、傍にいたやつが性格良くなかったからそれかもな」
桜はごつごつとしたマメのある硬い指で、まるで生き物のように動く媚肉をしつこくいじめる。
「言うようになったじゃないか、きみ、も……ッ゛!? あ゛、ッッ!??♡ ゃ、あ゛〜〜〜〜〜ッッッ♡♡♡」
ダーク系のチノパンツのチャックを下ろしたことを蘇枋には悟らせないまま、下着を少しだけずらして陰茎を出した桜が後孔にずぷずぷ♡と自身を埋めていた。
「やだ、ま゛って♡ むり、む……ッ♡♡ ぬいてよぉ゛っ゛……♡」
「まだ先っぽだけじゃねぇかよ」
桜の額にも汗の玉がいくつも見えた。裸体を晒しているのは蘇枋だけで、不公平さを感じる。
「う、うそ、嘘つくな゛、よ……ッ゛♡ あ……〜〜っ゛♡」
「ついてねぇって、ほら」
ぐっ♡と桜がすこしだけ腰を進めても、まだまだその先があるのは明白だった。その異様なまでの熱茎の質量に蘇枋の目の前はぐらぐらとゆらめき始める。みちみちと音を立てて、ゆっくりと太い幹が蘇枋の内部に形を覚えさせるように侵入してくる。
「う゛、〜〜〜〜〜ッ♡ ぁ゛、やだ、ゃ゛♡ やぁ……ッ゛♡♡♡ おがし、おかしい゛の、へんになり、ゅ♡」
念入りに解されたからか、肉壁は熱く食むように桜の熱芯をしゃぶりつくした。
「は、ぁっ♡ は、ッ゛♡♡ ぅ、さく、らく……ッ♡」
「もうちょいで、ぜんぶ、入る……から、」
「あ゛♡♡ どんどん、おぐ、奥はいってく、……る゛♡ ぅ〜〜〜っ♡♡」
桜は窮屈なナカを割り開くように、腰を奥へ奥へと進めていく。ごり♡と亀頭が最奥に当たるような感覚に苛まれる。
「腰、力入れられるか」
「わ、っかんな゛……ッ♡ ぅ゛ッ♡ ん、っ、ちゅ♡」
圧迫感でぼろりと蘇枋の頬を伝う雫をべろりと舐めとると、桜はそのまま唇へとキスを落とした。ちろちろと舌を動かす蘇枋の必死の様子に桜の質量が増す。
「ん゛〜〜〜ッ!???♡ や゛……っ、まだおおぎ、く゛……ッ!?♡♡ だ、め♡ こわれちゃ、ぅ……〜〜〜っ゛♡」
蘇枋の唇を塞いだまま、桜は腰の挿送を始める。酸素の足りないぬるついた口のなかで起こる水音と、ばちゅばちゅ♡と打ち付けられる尻朶の音が合わさって部屋を充満させている。
「あ、ッ♡ ぁ゛、あ〜〜っ♡♡ う゛、っ♡ きもち、きもぢ、ぃ……ッ♡♡ さくらく、さくらくん、もっ……と、ッ゛♡」
「っ、くそ、あんま煽んな……よ……っ」
蘇枋が乱れゆく様を見るごとに余裕がなくなる桜の腰の律動が徐々に早まっていく。奥を突かれるたび、蘇枋の目の前に星が舞う。学生時代よりも体格が良くなった桜が全体重をかけてのしかかることで、蘇枋のナカの最奥へ桜の雄茎がキスの雨を降らせた。
「っん♡ ぅ、あ゛♡♡ あぁッ♡ ん、う゛〜〜ッ♡♡♡ ナカ……っ、きゅん、ってする゛♡」
桜は前立腺目がけて上側へぐりぐり♡と赤黒い肉鉾を押し付けるように動かす。びくんと蘇枋のペニスが跳ねる。
「や、ッ♡ だめ♡ イ、っちゃ、……ッ♡」
「イけよ、オレも……出る、から……っ」
腹に出そうと腰を引く桜に気づいた蘇枋は、両脚を桜の背中で交差させて幹を抜かせないように引き留めた。
「お、おい……っ、このままじゃ、ナカに……ッ」
「い、い……っ♡ おねが、……ッ♡ おく、おくに桜、くんの……ちょうだい……っ゛♡♡♡」
「くそ、知らねぇからな……っ」
「あぁッ♡ ぁ゛、あっ♡♡ うッ♡♡♡ さくらく、さくらく、んッ゛♡ あ゛〜〜〜〜〜〜〜っっ゛♡♡♡♡」
一気にスパートをかけるように早めた腰の動きが最高潮に達した時、白濁が最奥に叩きつけられる。一滴もこぼすものかと、蘇枋はちゅぱちゅぱと肉壁で陰茎をしゃぶりつくした。腰が砕けるかと思うほどの快感が蘇枋の全身を駆け巡る。
いまだ硬く熱い肉芯を引き抜けば、こぽ♡と泡立つとろみが尻朶を伝った。
◇
丈の合っていないカーテンの隙間からも、夜明けの曙色が見え隠れしている。早起きの鳥たちが朝を告げようと翼を広げて朝のラジオ体操をしていた。真冬の日の出は遅く、きっとまだ六時を過ぎてすこし経ったころだろう。
蘇枋がうつらうつらと目を開ければ、がっしりとした腕の中に固く閉じ込められていた。
────眼帯もピアスも取らずに眠ったのは、いつぶりだろうか。
いままでにないほどの至近距離で桜の顔をまじまじと見つめる。出会った頃と比べれば、いく分か頭のモノクロのバランスに変化があるような気さえしてくる。それでも、ぴょいと跳ねる可愛らしい二本の前髪は依然として健在だった。
少しだけ首の角度を上げて、桜の鼻先に自身のそれをくっつけたり、離したりを繰り返す。何度か擦り合わせて、込み上げるものに口の端がゆるんだころ、ぎゅうと瞼を寄せた桜がゆっくりと目を開けた。
「……んな顔、オレに見せていいのかよ」
眠気とだるさが入り混じったくぐもった声色で桜がぽつりと呟く。
「? どういう意味だい、あんなことまでしておいて」
昨晩のことは棚に上げるように、桜は怪訝そうな顔をしてみせる。
「すげー緩んだ顔。そんな顔今まで見たことねぇけど」
唇を突き出してぶつぶつと言う桜に、思わず蘇枋が小さく吹き出す。
「……君こそ、愛しげな顔してるじゃないか」
「はぁっ!? してねぇ、だろ! ………たぶん」
咄嗟に手の甲を口もとへ当てるが、桜の上気した顔は隠しきれていない。瞬間湯沸かし器のように耳の先まで火照った朱色を見て、蘇枋は目を細めた。
どちらからともなく近づく唇に、ふわりと触れる。啄むように、角度を変えて、昨晩とは違った熱をもって口づけを繰り返した。
「もっと、ちゃんとしたときに……こういうことになるつもりだったんだよ」
ひとしきりのキスが終わると、目をそらした桜が小さく呟く。
「……へぇ、興味深い話だ」
蘇枋は表情がよく見えるように、桜の前髪を右の手でそっとかき分ける。額はふたたび紅く染まっていた。
「でも、卒業してからのお前は高校の時より連絡、寄越さねーし」
昨晩の情事でぐしゃぐしゃになったシーツに散らばるタッセルを見つめながら桜は話しだした。時折、指先でピアスを弄びながら。
「君が、仕事忙しそうだから」
「オレと二人で会うこと、あんまりねぇし」
苦虫を噛み潰したかのように眉間の皺がどんどん濃くなっていく。それでも蘇枋と目が合うことはない。
「それは、その……緊張、する、から」
この先も隠しておくつもりだった気持ちをつまびらかにすることに、蘇枋もたじろぐ。二人して視線が彷徨い続ける。
「……でも、オレは、お前と二人で会いたかった」
「……言ってくれればいいじゃないか、そうやって」
ようやく絡まった目線がゆらゆらと炎のようにゆらめいている。
「言えるか、そんなん。……なぁ、お前の気持ちも、一緒ってことで、いいのかよ」
蘇枋の顔に手のひらを添え、親指でふくらんだ頬をさする。ぱくんぱくんと音を立てる胸は、蘇枋にも聞こえていた。
「………どんな気持ちかな」
桜の手のひらに、蘇枋は自身のそれを上から重ね合わせて悪戯っぽく微笑んだ。
「…………やっぱ性格悪ぃの、お前じゃねーかよ………」
大きく吐いたため息ののちに、桜の口から三文字の羅列が蘇枋の耳もとで低く囁かれる。甘やかに鼓膜をくすぐるその言葉は、蘇枋の胸のうちをも駆け抜けた。ダンスの手を取るように軽やかに、蘇枋も同じ意味の言の葉を続ける。
何年にも亘る想いを溢れ返させるように、幾度も幾度も、唇を合わせながらその隙間から囁きあった。
蘇枋の目の端に、いつの日にかアパートで贈ったティーセットが映る。桜が一人で淹れる機会はおそらくないのだろう。それでも、テーブルの主役さながら、中心でぴかぴかと手入れをされた状態で座っていた。かつて、たびたび桜の家に級友と赴いた際に、蘇枋は淹れたてのお茶をよく飲んでいたものだった。
あの日の匂いたつ想いがカップからくゆるようで、蘇枋の鼻腔をくすぐった。さいわいなことに今日は二人とも休日だ。まずは服を着るところから。そのあとは、ゆっくり紅茶を淹れるのもいい。朝の光が、いびつな丈のカーテンの隙間からきらきらと差し込んでいた。
2024/9/12
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